この記事では、日本的な護身術の考え方とその本質について説明しています。

日本語の「術」という文字には、とても深い意味があり、護身術は、歴史や背景が違ってもクラヴマガに共通する部分が数多くあります。

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日本における護身の感覚

単なる戦闘技術ではない日本の「武術」

かつて、武士にとって戦いとは、勝敗だけでなく「身を保つこと」でした。無駄な動きを削ぎ、間を制し、冷静さを保つ。

そこには、

  • 先に動かない抑制
  • 危険を察する感覚
  • 最小限で終わらせる合理性

がありました。

やがて武術は武道へと変化し、護身は精神修養と結びつきます。

礼を重んじ、感情を制し、自己を律することで武術は、相手を倒す術から、自分を崩さない術へと軸を移していきます。

日本的な護身の特徴

「間」という概念

「間」とは距離であり、時間であり、空気である。

  • 近づきすぎないこと
  • 入りすぎないこと
  • 空気が変わる瞬間を感じ取ること

これらの感覚は護身においても重要です。

争いは、始まる前に兆しがあります。声のトーン、視線、歩幅、そして距離。

日本的な護身の考え方は、その「間」を読むことに重きを置きます。

勝つことよりも、起こさないこと

これは決して弱さなんかではありません。むしろとても高度な制御テクニックです。

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護身術は「技」ではなく「扱い方」

護身テクニック ≠ 護身術

多くの人は護身術と聞くと

  • 手首をつかまれたときの外し方
  • 首を絞められたときの対処
  • ナイフへの防御

といった「技」を思い浮かべます。

しかし、日本語の「術」という言葉は単なるテクニックを指しません。

日本語の「術」に本質がある

日本語の「術(じゅつ)」という言葉は「手段」や「方法」という意味があります。

それは単なる「技(わざ)」のことではありません。

護身術 = 身を護る術(すべ)

であるということを指しています。

技は最後の手段でしかなく、術はどのような方法を取るかという「扱い方」なのです。

日本の「護身術」とクラヴマガは似ている

日本の護身術とイスラエル生まれのクラヴマガは、一見まったく違う背景を持ちながら、本質的には非常に近い感覚を持ち合わせています。

戦いは始まる前から始まっているという前提に立ち「間」を読む力を養い、危険の察知や距離・間の管理を大切にする点も共通しています。

さらに、感情に飲まれず冷静さを保つ姿勢も似ています。

文化や表現は違っても、その根底にあるのは「自分を守り、無事に終わらせる」という同じ思想であるのです。

まとめ

護身術とは、単なる護身技の集まりではありません。それは、自分の身をどう守るかという方法論の体系であり、思考と判断を含んだ「術(すべ)」なのです。

そこには「間」を読み、「空気」を察し、「自己を律する」という文化的な背景があります。決して強くなることではなく、自分を壊さずに現実と向き合う力だということを日本の護身術は教えています。

それは戦いの技術であると同時に、日常を安全に生きるための知恵でもあるといえるでしょう。

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